二十歳を祝う会に行ってきました 2025
毎年恒例の二十歳を祝う会に市民会館(昭和交流センター)に行って来ました。
感覚的なものかもしれませんが今年は人数が少ない様に感じました。(ご両親の方も)
彼ら彼女達はその多くが2005年前後に生まれ、2011年(6歳)に東北大震災で震度5を経験し、2019年(14歳)に初の台風千葉直撃で停電、断水を経験、2020年〜2024年(15歳〜19歳)までコロナ禍を経験してきた思春期を災害、自粛を経験してきたジャンプしたくても自制せざるを得ない年代だったかと思います。
だからこそ20歳以降は良い思い出をたくさん作っていってもらいたいと思います。

そして毎年、この時期になると20歳の人たちは袖ケ浦市に残るのか、出ていってしまうのか。袖ケ浦市は選ばれる街で継続しているのか?という事が気になり、市のホームページで人口の推移をチェックします。

死亡数は団塊世代の方々の割合が80代に差し掛かっていることもあり逓増。出生数は微減。転入超過数は平成30年から(令和4年、5年は増加しましたが)減っています。
また人口数の推移ですが日本人と外国人の推移を比べると外国人は順調に伸びていますが、日本人は令和5年あたりから減り続けています。令和7年に至っては(死亡数ー出生数+転入超過数)純増減数が△126人になっています。

原因として考えられるのは住む土地の飽和状態、袖ケ浦市に住む魅力不足など考えられますが、対策として考えられるのは現在、有効利用されていない土地・建物を他市には無い魅力のあるエリアに如何に変えていくか。だと考えます。
そして袖ケ浦市、ひいては内房全体で魅力のあるエリアにしていくか、行政・議員・民間がアイデアを出し合い取り組んでいく事が急務だと思っています。
二十歳を祝う会の式典で会場中に響いていた赤ちゃんの声。あの赤ちゃんが二十歳を迎えるときにはAIは日常で当たり前になり、自動運転車が当たり前になり、ちょっと遠出の旅行が宇宙になり、ニューヨークまで数時間の飛行機で到着し、エネルギーは太陽だけで賄える様な時代がやってきます。他の自治体にはない自慢できる街である事が我々、大人の責務だと思っています。


