三度目の紫波町①

岩手県紫波町(しわちょう)にある「オガール」というエリアをご存知でしょうか。今や全国の自治体やデベロッパーから視察が絶えないこの場所は、かつて11.2ヘクタールもの広大な「日本一高い雪捨て場」と言われていました。私も今回3回目の訪問となり毎回訪問し説明を聞く度に知識を得ますが今回が一番腹落ちした感があります。


地方の再開発といえば、補助金で立派な「箱モノ」を作ったものの、維持費で首が回らなくなり、人通りもまばらなシャッター通りと化す……という失敗の方程式が思い浮かびます。しかし、オガールの場合は違います。なぜ、何もない雪捨て場が、年間5億円を売り上げる産直や、子供たちの笑い声が絶えない広場を持つ「街の中心」へと生まれ変われたのか。その裏側には、情緒的な理想論を排した徹底的な「ロジック」と、泥臭い交渉の積み重ねがありました。
【驚きの決断】行政との「大バトル」。都市計画を覆してまで取り戻した歩行者の聖域
オガールの中心部に立つと、美しい芝生広場を囲むように建物が並ぶ、開放的な空間に目を奪われます。しかし、当初のマスタープランでは、この広場を2本の道路が貫通する予定でした。
設計の専門家チームが「建物に囲まれた、安全な居場所が必要だ」と主張したとき、すでに都市計画は「だいぶ進んだ段階」にありました。行政にとって、決定済みの計画を白紙に戻すのは悪夢に近い作業…。「車社会の岩手で道路をなくしてどうする」「雪で半年は使えない」といった猛反対が巻き起こり、現場では「大きなバトル」が繰り広げられました。
しかし、彼らは折れません。最終的に道路計画を廃止し、導き出した解が「歩車分離(歩行者と車の完全分離)」の徹底です。広場の真ん中には絶対に車を入れない一方で、建物の裏側をすべて広大な駐車場にする。このロジックにより、親が目を離しても子供が走り回れる、都市としての「圧倒的な安全性」という付加価値が生まれたのです。


【稼ぐ公共施設】「500mルールの壁」をロジックで突破。図書館と5億円スーパーの相乗効果
プロジェクトの核である「オガールプラザ」には、町が長年切望した図書館が入っています。しかし、専門家の視点は冷徹です。「図書館は集客はするが、お金は産まない」。そこで、持続可能な公共サービスを維持するために隣接させたのが、驚異の売上を誇る「マルシェ(産直)」でした。
このマルシェの強みは、国土交通省の管轄である一般的な「道の駅」とは一線を画す点にあります。道の駅のように「地産品のみ」という制約に縛られず、精肉店や、特に売上の高い鮮魚店を備えた「普通のスーパー」としての機能を追求しました。 「美味しい魚や肉を買いに来たついでに図書館に寄る」 「子供が図書館で遊んでいる間に、お母さんが夕飯の買い物を済ませる」 「ここなら何でも買える(他に行かなくても良い)」この生活動線の設計こそが、年間5億円という売上と、公共施設の賑わいを両立させています。
また、ここには専門家による高度な法解釈の工夫も隠されています。本来、風営法関連の規定により、図書館の周囲500m以内にはホテルが建てられないという制約がありました。しかし、彼らは「街づくりに資するものとして行政が判断した場合」という正し書き(特例)に着目。緻密なロジックを構築して許可を勝ち取り、図書館とホテルが共存する現在の形を実現させたのです。
【徹底した美学】彩度まで管理する「デザイン会議」の掟
オガールの街並みに宿る独特の品格は、偶然の産物ではありません。「デザイン会議」と呼ばれる組織が、景観の細部を厳格にコントロールしています。
建物の色はエンジ(暗い赤)、黒、緑といったトーンに統一され、彩度(色の鮮やかさ)までもが数値で管理されています。実際、外部のデザイナーがブランド戦略の一環として「真っ赤な看板」を提案した際も、会議は「彩度が高すぎる」として即座に却下しました。 一見、事業者の自由を奪うようにも見えますが、この「不自由な掟」こそが街全体のブランド価値を維持し、バラバラの事業者が関わりながらも一つの美しい街区を形作る鍵となっています。


【リーダーの視点】リンゴ農家の「帰り荷」のロジックが街を変えた
このプロジェクトを牽引した藤原前町長の思想は、彼のバックグラウンドであるリンゴ農家と運送業の経験に根ざしています。
彼は物流の現場で「出荷した後のトラックが空で戻ってくる(帰り荷がない)のは最大の損失だ」という合理性を叩き込まれてきました。この「距離とエリアの関係」に対する鋭い感覚が、まちづくりに投影されました。 当初の計画だった「4階建ての工業団地誘致」を捨て、紫波町をあえて「住むこと(暮らし)」に特化させたのは、盛岡市と花巻市の間に位置する立地を活かすための戦略的判断です。雇用を追うのではなく、両都市のポテンシャルを吸収できる「質の高い居住環境」を作ること。ビジネスマンとしての冷徹なコスト感覚が、オガールの勝機を見出したのです。(その思想通り「日本一昼間と夜間の滞在人口があるまちを目指せ」と言い放ったと聞いています)
結論:完成予想図は裏切られる。しかし、思想は呼吸し続ける
現在のオガールの姿は、15年以上前に作られた最初の模型とは、細部が大きく異なっています。
計画を盲目的に守ることではなく、時代の要請や性能向上に合わせて「思想」を柔軟にアジャストしていく。これこそが、計画が形骸化しない理由です。
あなたの住む街にある広場や公共施設は、いま、誰のために息をしているでしょうか? 「雪捨て場」を「街の心臓」へと変えたのは、単なる予算でも魔法でもありません。それは、現場の摩擦を恐れずに貫かれたロジックと、そこに住む人の暮らしを何より優先した、徹底的な「当事者意識」なのです。

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