日本列島改造論

先日、新潟の友人が主催する標記「読書会」へ参加しに新潟へ行ってきました。
(最近復刻版が出ています)

<本の骨子は>
・都市への一極集中と地方の過疎化によってどちらの地域も幸せになれない状況が起こっている
・集まり過ぎた都市の工場を地方に持ってくる事で都市集中の分散。地方を活性化させる
・上記を実現するためには交通、情報通信の発達により物的、精神的な近さが必要
・農業に関しては人数が減っても合理化する事によって稼げる農業を目指す
・中央に集まっている工業を東北、北海道、九州へ持っていく
・農業を行い休耕時期に出稼ぎ行っていたのを地元で農業、工業もやりながら生計を立てる様にする
・公害においても科学的根拠に基づき人身被害になりうる廃棄物が出無い様に規制をかける
・地方にコンパクトシティを作り住居、工場、農場エリアを作る事により地域の消費、文化を上げる

等々、今の時代の設計図であると言っても過言では無い。


ただ唯一果たされていなのが都心と地域の格差である。せっかく高速道路を作っても新幹線を作っても若者が都心へ集まる傾向は変わらないし地域は過疎化がすすむ一方である。

ではなぜ変わらないのか?文化まではいくら移動時間が短くなっても移動できないからである。それは街を歩いていると芸術性のある写真が飾ってあったり、偶然魅力的な人と出会ったり、ふと入ったお店が自分にぴったりのテイストだったり…。
最近「ウォーカブル(Walkable)」「センシュアスシティ(Sensuous City)[官能都市]」という言葉が出回っているが、街を歩くだけで五感が刺激され、地元ならではの店があって気の合う友達と地元のオリジナリティが溢れるお店でリラックスするという街並み(例:アメリカ、ポートランド 等)が最近台頭してきている。

読書会に出席したメンバーの一人が『田中角栄氏が首相であった1970年代には「生きる為の都市設計」が必要だったがある程度GDPでも世界の上位を占める様になった今「活き活きできる為の都市設計」が必要になって来ている』と話していたがその通りだと思う。。

翌日、田中角栄記念館に行って来たが、ちょっと驚いたのが、習字も上手いが絵が上手であるという事である。そういえばチャーチル(イギリスの世界第二次大戦時の首相)も絵が上手かった。政治家には人並外れたセンスというものも必要なのであろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

その他

次の記事

ハコニワ in 柏崎