緊急災害用防災井戸の活用
災害時の井戸の活用と地域の絆づくり 〜能登半島地震から学ぶこと〜
序文:一つの一般質問から
2023年3月、私は市議会において「大災害時における井戸の活用」について一般質問を行いました。
その内容は、災害で断水が発生した場合、個人所有の井戸を近隣に開放する仕組みを整えるべきではないかという提案でした。
また、平時から「この家には井戸がある」と地域で認識しておくことによって、安心感と地域のつながりが生まれるのではないかという願いも込めたものです。
井戸を持つご家庭の多くは、古くから地域に暮らしてこられた方々です。一方で、新しく移り住んだご家庭には井戸がないことがほとんどです。そうした背景の違いを埋めるためにも、地域の支え合いが重要です。
共助の重要性
1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生し、約3万5千人が生き埋めになりました。
そのうち約8割が家族や近隣住民によって救出されたことをご存知でしょうか。
公的な救助(消防など)による救出は2割程度にとどまり、災害時の救助活動においては「自助」70%、「共助」20%、「公助」10%が現実的な割合だと言われています。
つまり、日頃から近所との関係づくりが命を守る鍵となるのです。隣の家族構成やペットの有無、家の構造などを知っておくこと、日常のあいさつや助け合いを重ねておくことが、非常時の大きな力になります。

倒壊した建物に閉じ込められた人の救出は、一刻を争います。しかし、大規模かつ広域に及ぶ災害時には、すべての倒壊現場に行政の救助隊が迅速に到着することは困難です。
そこで重要になるのが、日頃からの近所付き合いです。隣の家の家族構成、ペットの有無、できれば最近の健康状態や住宅の構造などを知っておくこと。そして何より、普段から交流があれば、「人として助けたい」と自然に思えるのが当然です。
能登半島地震で浮き彫りになった断水の課題
2024年1月1日、石川県能登地方を震源とする能登半島地震が発生しました。
マグニチュード7.6の揺れによって、約500名近くが亡くなり、6,000棟以上の建物が全壊、12万棟以上に何らかの被害が出るという甚大な被害が報告されています。
その中でも被災者の6割以上が「断水」が最も困ったことだと答えています。

特に、石川県輪島市や珠洲市などでは、1カ月以上にわたり4万戸超の断水が続いたにもかかわらず、井戸水を利用する体制が整っていなかったことが明らかになりました。
羽咋市では、市民や企業が自発的に井戸水を開放し、約30カ所を市のホームページで公開したという取り組みが注目されました。
袖ケ浦市での取り組みと提案
こうした事例を踏まえ、私は再び袖ケ浦市での災害対策に井戸の活用を提案しました。
しかし市からは「市内には防災井戸が5カ所あり、飲料水として利用可能であるため、新たな検討は不要」との回答でした。
確かに昭和中学校、蔵波小学校、長浦小学校、根形小学校、旧給食センターに市の防災井戸がありますが、歩いて行けない家庭も多く、道路が寸断されれば車も使えません。
また、そもそも市民がその井戸の存在を知らなければ、利用されることもないでしょう。
そうした思いから、私は神納地区からモデル的に始めることができないかと考え、地元の区長に相談しました。
5月3日(土)の定例会において、区長・分区長の皆さんに提案と説明の機会をいただきました。

地域の反応と今後の展開
皆さんの反応は概して好意的であり、前回の提案から半年が経過していることも踏まえ、改めて以下の点について確認し、再検討していこうという流れになりました。
・井戸所有者の名前を回覧板で明示してもよいか
・飲料水としての利用は可能か
・生活用水としての利用が現実的かどうか
現在、再度のヒアリングを開始しています。(※2025年5月4日時点)
地域の方々の理解と協力を得ながら、今後少しずつ、災害時における井戸情報の共有と仕組みづくりを進めていきたいと考えています。

最後に:備えは「今」だからこそできる
最後に、ぜひ下記の動画をご覧ください。
▶︎ YouTube「能登半島地震/断水被害の実態」
喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまう——そんな言葉があります。
しかし、災害の記憶や教訓を風化させず、平時のうちに備えることこそが、いざという時に命を守る力になります。
阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震。
この国で何度も試されてきた私たちだからこそ、備える責任があります。
「誰かのためにできること」を、今から一歩ずつ、地域の中で始めていきましょう。


