【スイス視察報告】⑤〜チューリッヒ近郊、セメントとコンクリートを使わない小規模 ZEB 集合住宅〜

3日目の午後はチューリッヒ近郊、セメントとコンクリートを使わない小規模 ZEB 集合住宅

この住宅では、建築家ケーゲル氏が独自に開発した冷暖房システムが採用されています。彼の考え方の前提には、「空気は物質であり、空間そのものがエネルギーを持つ」という視点があります。通常のエアコンのように風を吹き出して温度を調整するのではなく、建物のあらゆる表面(床、壁、天井、家具など)が蓄熱体となり、熱をゆっくりと吸収・放出することで、室内全体を穏やかに暖めたり冷やしたりする仕組みです。

この方式は、例えるならば「ジェット機」ではなく「グライダー」のようなもの。つまり強制的に空気を動かすのではなく、自然な温度勾配と空気の流れを利用して、空間のバランスを取る冷暖房です。部屋には輻射式の冷暖房設備や床暖房パネルは存在せず、代わりに空間の温度を細かく調整する熱交換器とファンが静かに作動しています。空気の温度は常に22℃前後に保たれ、床や天井も同じく21〜22℃程度と非常に均一。上下の温度差もわずか0.5℃程度に抑えられています。

このシステムの熱源はヒートポンプによって供給される26℃のぬるい水で、室温との微差を利用して熱交換が行われます。地中熱を活用し、床下の採熱管を通して全館に供給されるこのシステムは、非常に高効率で、省エネ性能も極めて高いものです。建物全体(13世帯の住宅とアトリエ・事務所を合わせておよそ17世帯分)の暖房には15kWのヒートポンプ1基で十分対応でき、1年間の暖房費はたったの1000スイスフラン程度に抑えられています。

さらにこの住宅は、省エネルギー性能だけでなく、循環型建築(サーキュラーエコノミー)の実践例としても注目されています。新たなセメントやコンクリートを一切使用せず、解体された戸建て住宅の部材を徹底的に再利用。粘土や土のレンガを使った壁、砕いた瓦を混ぜた砂、塩を用いたセメント代替素材など、持続可能な素材で構成されています。また、照明器具やキッチン設備も取り外し可能で、将来的な再利用を前提とした設計となっています。

屋上には緑化と保水機能を兼ね備えた植栽がなされ、建設時の電力は太陽光パネルから供給。建設現場自体も電動工具で稼働し、CO₂排出の最小化が図られました。さらに、「バイオチャー(植物炭)」を活用したレンガも使用されており、大気中のCO₂を炭として建材に固定する、いわば「炭素を封じ込める家」でもあります。

このプロジェクトはあくまで「テスト建築」であり、完成までに多くの試行錯誤がなされたといいます。建設コストは高くつくものの、建築家自身が「40年かけて回収する」と語るように、長期的な視点での費用対効果と環境への貢献が見込まれています。資金面では、銀行からの特別融資を得ており、施工者には日給制で報酬を支払いながら、解体と建設を含めておよそ1年で完成しました。

建材調達には「建材ハンター」と呼ばれる専門家が関わり、国内外からリユース可能な素材を探し集めています。サーキュラーエコノミーはスイスでもまだ始まったばかりですが、「気候保全をやらない理由はない」という思想のもと、強い意志と実践によって実現されました。

このように、建築における脱炭素・省エネ・資源循環のすべてを高次元で融合させたこの住宅は、ゼロカーボン社会に向けた実験的でありながら実用的なモデルといえます。日本の今後の住宅政策や公共建築のあり方にも、多くの示唆を与えてくれる先進事例です。

そして夜は二手に分かれて宿泊、近くには湖がありなんと、勝手に入水して泳げます!泳いでみたかった。。。

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